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早見和真著『イノセント・デイズ』amazonで買う

『イノセント・デイズ』の主人公・雪乃は、放火殺人で死刑判決を受けた女性。物語は彼女の過去と、死刑囚になるまでの経緯を描いています。

彼女はなぜ死刑囚になったのか!

『イノセント・デイズ』は極限の孤独が描き抜かれた社会派の物語であり、雪乃は整形シンデレラと呼ばれた過去も影響しています

作品はミステリーとしてだけでなく、心理的な重層性も兼ね備えており、読者を引き込みます。

プロローグ「主文、被告人を死刑に処する!」

3月30日午前1時頃。JR横浜線・中山駅近くの木造アパートで火の手が上がった。消防の救出活動の甲斐なく、まもなく3人の焼死体が搬出された。

二階の角部屋から無残な姿で運び出されたのは、井上美香さん(26歳)と、彩音ちゃん、蓮音ちゃんの1歳の双子の姉妹。一家の主・敬介さん(27歳)は勤め先の介護付き老人ホームに夜勤で出ていて、難を逃れたものの、美香さんのお腹には8ケ月になる胎児もいた。

「主文、被告人を死刑に処する! 願わくは、被告人が心の平穏を得んことを……」
静寂の中、弱々しい声で
「も、も、申し訳ありませんでした」
「う、う、生まれてきて、す、す、すいませんでした」

この後、雪乃は傍聴席をふりかえると、誰かを見て微笑みます。

この裁判の傍聴をしていた、後に刑務官になる佐渡山瞳は問いかけます。
ねぇ、あなたはどうしてそこにいるの? 自分の人生を一切弁解していない、何一つ抗おうとしない。

あれが本当に“悪魔”の見せる顔なのか?

第一部 事件前夜

第一章 雪乃の誕生

ホステスをしていた雪乃の母ヒカルは堕ろそうと思った子を産む決心をします。場所は丹下翔の祖父の病院で。
「私が生きている間は『あなたが必要』と言い続けます。見てみぬフリはしないし、絶対に目を逸らさない。無責任かもしれないけれど、覚悟だったら負けません」

その後、ヒカルは付き合いはじめた野田と結婚。やがて生まれた子は「雪乃」と名付けられました。野田には、すでに一人娘の陽子がいました。

第二章 「丘の探検隊」の4人

陽子と同級生の丹下翔は、トンネルわきの小山に秘密基地を作りました。メンバーは、雪乃と陽子、そしてもう一人が佐々木慎一です。ある日、彼らは一緒に流星群を見るを約束をします。

しかし、病弱な雪乃が体調を崩してしまいました。雪乃は興奮すると失神し眠ってしまうのです。これは母ヒカルから受け継いでしまった体質です。それでも、4人は雪乃の部屋の小さな天窓から流星群を見ることはできました。
雪乃にとって、この頃が一番幸せだったのかもしれません。

雪乃が小学四年生の頃「ゴサイ」「ホステス」との噂が流れ始めると、雪乃と陽子は仲間外れを感じるようになりました。

そんなある日、母ヒカルが自動車事故で死んでしまいます。それから、雪乃の人生は暗転していきます。初七日の法要を終えた後、養父はやめていた酒を浴びるように飲みます。泥酔した養父は、まるで子供のようになり、近づいた雪乃に手をあげたのです。一度だけの暴力でしたが。
「俺に必要なのはお前じゃないんだ。必要なのはヒカルの方だ」

そして、訪ねてきた雪乃の祖母・田中美智子が、雪乃を引き取ることになったのです。噂は祖母が流したのかもしれません。それを確かめるために、母ヒカルは自動車で向かったのではないでしょうか。

第三章 小曽根理子の大きな悔い

駒山高校〈小曽根理子先生 講演会 演題『"今"を生きる覚悟』〉公演後の質疑応答の時。雪乃を思わせるような女の子が手を挙げます。
「わ、私にはもう取り返せないかもしれない大きな悔いがあります。それを今から取り戻せるか不安です……」

小曽根理子の声は途切れます。「わ、私は、だから私は——」
田中雪乃の死刑判決のニュースを知った時「これで逃げ切った」という虫唾が走るような安堵感を持った理子でしたが。


小曽根理子は山本皐月のグループから離れられません。皐月の誕生日には、皐月の企みで憧れていた先輩・遠山光博に犯されてしまいます。その時に写真も撮られましたが、それでも皐月から離れられません。

雪乃はこのことを知ると、皐月にいいます。
「ねぇ、山本さん、小曽根さんに謝ってくれないかな」
皐月はキップがいいというか、意外に雪乃を気に入り、以後理子より雪乃と話すようになります。

理子は雪乃に嫉妬し、積極的に皐月に貢ぎ物をするようになりました。皐月の欲求がエスカレートすると、理子は母の財布から金を盗むようになりました。母はイジメを疑いましたが、理子は否定します。新年になり10万を超えるお年玉をもらっても、足りなくなりました。

そんな時、雪乃と一緒に佐木古書店に行きました。店から出てくる男の子。雪乃は「あ、シンちゃん」と呟きましたが、男の子は逃げていきました。

店に入る雪乃と理子。店員がいないことに気づく理子は、カウンターに入りレジを開けお金をつかみます。その時、
「やっぱりお前だったのか!」と店の老婆に腕をつかまれます。
理子は「やっぱり?」という困惑の中「警察呼ぶから、ここで待ってなさい」という老婆の背中に体当たりします。崩れる本に埋まる老婆。

「逃げよう、理子ちゃん。お母さんが悲しむよ。悲しむ人がいるんだよ」
「あなた、少年法って知ってる。雪乃って3月生まれだよね?まだ13歳ってことだよね。みんな許してくれるから。お願い、雪乃。私にはあなたしか頼れないの。私には雪乃が必要なの。だからお願い、助けてください」
「いいよ、理子ちゃん、早く逃げて」
理子が店を出ると、シンちゃんが走り去っていきました。理子は見られたかもしれないと思いました。

「C組の田中雪乃、なんか刑務所に送られたらしいぜ」

第四章 井上敬介(元彼)と八田聡

「お前、死ぬのかよ」
「バカじゃねぇの? 死んだら終わりなのに。お前、知ってんのかよ。自分で自分の命を捨てるのって一番ダセーことなんだぞ」
今この場で死ねないだろうかと考えていた八田聡が、井上敬介から初めてかけられた言葉です。
「どんなにつらくても、つらい顔してちゃダメなんだぜ。見せなくちゃいけないのは根性だ」
その後、聡の目をジッと見つめると言います。
「死んだんだろ? お前のお父さん」

「ねぇ、聡って呼んでもらえないかな、僕のこと」
「じゃあ、お前も敬介って呼べよな!」
「人は誰からも必要とされないと死ぬんだとさ。父ちゃんの手紙にそうあったって。超図々しいと思わね? 必要とされてないわけねぇのにな。
俺がお前を必要としてやるよ。だからお前も俺を必要としろ。俺がお前を、っていうか聡のことを絶対に死なせねえからさ」
二人は友情のタバコを吸います。

こんな敬介が、付き合い始めた雪乃を聡に紹介しました。

しかし、聡は二人についてこう思っています。
『敬介とつき合い続けるには、幸乃は無防備すぎる。身を守る術のない女にだって、敬介は容赦しない。敬介は深く心の中に押し入ってくる。アメとムチを無自覚に使いわけ、人の優しさに平然とつけ込む。そこに悪意はない。悪意がないからタチが悪い』
聡はいつしか雪乃に惹かれていきました。

そして、敬介は美香という女性と付き合うようになり、雪乃をふることになります。聡のアドバイスにより、敬介は雪乃に借りていた150万円ほどの借金を月3万円ずつ返すようになりました(ない時は聡が出します)。敬介は美香との新住所がわからないように、返済はネットバンクから振り込むようにしていました。

しかし、一度中山駅前のATMから送金したために、雪乃に新居がバレてしまいました。雪乃はストーカーのような行動しはじめ、そのことから美香にも雪乃の存在がバレてしまったのです。聡は事態は切迫していると考え、雪乃に電話で連絡しますが雪乃はでません。

2ヶ月後、3月29日20時14分に雪乃から着信があったことに、仕事に追われていた聡は気付きませんでした。そして。30日深夜1時に放火事件が起こったのです。

「主文、被告人を死刑に処する!」
この時、聡は傍聴席にいました。雪乃が傍聴席をふりかえり、白い歯をのぞかせて微笑んだ時、聡は失望しました。雪乃が微笑んだ相手は、自分ではなかったからです。雪乃の視線の先には、顔を隠すようなマスクをした若い男がいたのです。

第五章 雪乃の回想「ずっと死にたかった」

あの大雨の中で見た母の自動車事故の現場は、今でも雪乃の脳裏に焼きついています。

「あなたが必要」と言ってくれた祖母・美智子との生活は生やさしいものではありませんでした。美智子は恋人がいないときだけ雪乃を必要とし、付き合っている男が雪乃を凌辱しても見て見ぬ振りをしていました。

でも、あの頃には友達がいたと思う雪乃。小曽根理子の身代わりになったことも、後悔はしていません。逆に自分のことなんかで苦しんでほしくはないと思っています。

その後、雪乃は児童自立支援施設では心を守る術を学び、施設を出てからも殻に閉じこもっていました。自分は何のために生きているのかと自問していた頃、敬介が雪乃の心を強引にこじ開けたのです。そんな敬介に雪乃はふられると、敬介は引っ越し、雪乃の前から完全に痕跡を消しました。

やっと落ち着いてきた雪乃に、毎月送られてくる3万円。通帳を確認していたある日、雪乃から全身の血がひいていきました。
〈長陽銀行中山駅前支店ATM イノウエケイスケ〉

それから、雪乃はストーカーになり、敬介のアパートの周りを徘徊するようになりました。敬介の幸せそうな4人家族。自分が憧れていた幸せな風景……。そして井上美香から届いた手紙と百万円近いお金。さらに、警察から呼び出され「警告」を受け、「誓約書」にサインを求められました。

ただ一人敬介のアパートのオーナー草部は、何回か会ううちに雪乃を受け入れてくれるようになります。雪乃ははっきりとした意志のないまま語っていると、草部はこう言いました。
「そんなにその顔が憎いのなら、いっそ手術したらいいじゃないか」

その日、決意した雪乃は今まで「納得できない」「許せない」と無意識に書いていたノートを広げ、ペンを走らせました。
「いい加減自分と決別したい。今日をもってノートともお別れだ。こんな価値のない女を好きになってくれてありがとう。敬介さん」

しかし、数日後買い物に出かけたことが災いになりました。前に見た敬介の双子の娘が来ていたスエットのキャラクターと同じイラストが描かれていたおもちゃ箱をディカウントショップで見つけてしまいます。

雪乃はそれを買うと夢遊病のようになり、また敬介のアパートに向かっていたのです。
「これを渡すだけだから」。そして、アパートにいた美香と目を合わせます。美香は小さく頭を下げます。その時です。
「おい、きみ君。田中くん」
と草部の声。もう合わせる顔はないと逃げ出す雪乃。住宅街を抜け児童公園を見つけ、そこで睡眠薬を水なしで飲みます。

死にたい、死にたい、死にたい——。どうして死なせてくれないのか?

すると、かつて「自分で死ぬことだけは許さない」と言った聡に救いを求めるかのように、雪乃は通話ボタンをプッシュしました。しかし、しばらく待っても、聡は電話に出ません。時刻は21時を回ったところ。携帯の電源を落とし駅に向かい、自宅へ。そして、また大量の睡眠薬を飲みます。

目を覚ましかけると、サイレンの音……。3月30日午前1時18分、24歳の雪乃の人生は閉じようとしていたのです。

第二部 判決以後

第六章 丹下翔の決意

「これが俺にとって生涯で唯一の案件かもしれないからさ。たまたまそれが早く巡ってきただけかもしれないから。そのつもりで挑むよ」。翔が雪乃の件を、父に説明した時の言葉です。

高校を卒業して外遊していた丹下翔は『田中被告、控訴せず』というネットニュースを見た時、自分のやるべきことに気づきます。帰国して弁護士になった翔は、雪乃に面会しようと何回も拘置所に足を運びましたが、雪乃は会おうとしません。

その後、雪乃の担当弁護士・高城に会ったり、雪乃の担当刑事に会ったりしました。彼らは不思議に思ったことを話してくれました。
「質問したことにはなんでも素直に答えるくせに、絶対に反省は口にしない」
「あの子、とにかく死んでつぐないたいって言っていたんだよね。控訴しないっていうニュースを見た時、おれ、ちょっと腑に落ちたんだ。ああ、やっぱりかって思ったんだよ」

父が見つけたブログ『ある死刑囚との日々』を読みながら、雪乃の祖母・美智子にも会いにいきましたが何も得られません。

そして、ある日雪乃との面会がかないます。この時の刑務官は佐渡山瞳です。
「雪乃ちゃん、再審請求をしてみるつもりはないか? ……少なくても時間は稼げる」
しかし「逆に短くする方法はありませんか」と雪乃。
その後昔話をしているうちに面会時間は過ぎてしまい、最後に翔は自分では思い出せなかった「シンイチ」について聞きます。

「ササキシンイチくん、私、見かけたと思うんです。法廷の傍聴席で、マスクをしていたけど、彼、何も変わっていませんでした」

この後、ブログ『ある死刑囚との日々』の執筆者・八田聡に会いにいきます。
「田中幸乃の犯した罪を許すことは絶対にないよ。でもね、火を放った瞬間の彼女はたしかにモンスターだったかもしれないけど、生まれながらにしてそうだったわけではないことを僕は間近で見て知っている。じゃあモンスターにしたのは誰だったのかって、検証してみる必要があったんだ。彼女を見てきた時期を綴ることは、僕にとってはある意味では喫ぎだった」

この後、「ササキシンイチ」が「佐々木慎一」であることを八田から教えられます。慎一はブログに問い合わせていたのです。

雪乃との2回目の会見。
「どうして反省しようとしないんだろう? 自分が何をしたのかわかっているのか? 犯した罪から逃げるなよ。君が死にさえすればいいっていう問題じゃない。君から逃れられない人間はたくさんいるんだ」
なぜか幼い頃の慎一の姿が脳裏を過ぎる翔。

真っ直ぐに翻を見据えていた幸乃の瞳に、卑下するような笑みが浮かぶ。
「私は慎一くんに会いたいとは思っていません。今日はそれだけを伝えにきました。もう来ないでください。手紙も結構です。これまでありがとうございました。感謝しています」

翔は、もはや雪乃と慎一をつなげることが自分の使命だちと考えます。

第七章 真犯人の発覚

佐木古書店から金を盗んでいたのは、佐々木慎一でした。いじめからいろいろなものを万引きし、換金してお金を工面していたのです。理子がレジを開けてお金をつかんだ時、老婆に見つかりました。理子は老婆の後ろから体当たりをし、重傷を負わせます、理子の身代わりになった雪乃。その一部始終を見ていたのが慎一でした。

その後、慎一は八田聡とも会っていました。そして最後にあった時、彼から得た有力情報により、敬介のアパート近所に住んでいた老婆に接触します。慎一は「佐木古書店の万引き犯はじつは自分である」と告白した手紙を雪野に送っていました。ロウでコーティングした桜の花びらと一緒に。雪乃の返事の一節を老婆に送ってもいました。

『あの桜を見たくないといえば、うそになります。でも、それ以上に、私は一日も早くここで裁かれることを望んでいます。かかわってしまったすべての人たちの記憶からもいっそ消えられないかと、願う毎日です。生まれてきてしまって申し訳ないという法廷での思いに、今も変わりはありません』

この雪乃の言葉にいたたまれなくなったのでしょうか? 老婆は告白しました。
老婆の孫で23歳の浩明が3年前にバイクでガードレールに突っ込んで死しにました。彼女は事故ではなく、自殺と思っていました。

「あの放火事件の起きる一週間ほど前だったでしょうか。あの子がひどく怒って帰ってきたことがありました。先ほどの白梅児童公園で仲間同士でボクシングの真似事をしていたら、知らない老人に一方的に叱られたと言うのです。もちろん、本当のことはわかりません。でも、もし仮に浩明の言っていることが事実なのだとすれば、たしかに怒るのはムリもない話でした。『お前たちは近所住民にとって迷惑なだけの存在だ』とか、『公園の落書きもどうせお前らの仕業だろう』とか、『どんな家庭で育ったのか見てみたい』とか、それはもう好き放題言われたようです。私はなだめるのに必死でした」

「アパート前に火を放とうと言い出したのは浩明の親友だった。灯油はその者と浩明の2人が調達した。2階の角部屋に『草部』という表札がかかっていた。それが草部と井上家による(雪乃の)ストーカー対策とは知らず、実際に火を放ったのは一番可愛がっている後輩だった。もちろん草壁を脅すためのものであって、誰にも殺意などなかった」

「この人、たぶん死にたがっている」
雪乃が逮捕された時、浩明はボロボロ涙を流しました。数日後「自首する」とも。

判決の日、傍聴券を引き当てた浩明は、老婆とともに裁判所を傍聴に行きました。その日のノートには、こいう書かれていました。
「田中さんに謝りたい」

慎一は老婆と「一緒に来ていただけますか」と言い、今日9月15日が翔の誕生日だと思い出します。
「本当に間に合った」
これでようやく雪乃に会いに行けると、携帯電話の丹下翔の番号を呼び出そうとします。

エピローグ 田中雪乃 vs 佐渡山瞳

9月15日木曜日。「1204番、出房しなさい」
田中雪乃とそう年齢の変わらない刑務官・佐渡山瞳はそう言いつつも、目を赤くうるませていました。

「9月15日。もう敬老の日ではないんですよね? 今日は私の友だちの誕生日なんです。大切な友だちです」
と話す雪乃は、柔らかい笑みを浮かべていました。


大切な友だちである丹下翔に「もう来ないでください」と言った雪乃は、面会室からを出てからへたり込むと、失神をし、瞳にもたれかかり眠ってしまいました。
また、佐々木慎一の手紙を読んだ時も失神し、眠ってしまいました。その寝顔は無防備で、まるで少女のようです。

瞳は、医務室からもどってきた雪乃に尋ねます。
「もう大丈夫なの?」
「はい。少し寝ていれば治ります。亡くなった母の遺伝なんです。意外に思われるかもしれないですけど、気持ちいいんです。根性がないから気を失うんだって、よく叱られてましたけど」
「ねぇ、田中さん。あなた、本当はやってないの?」
「え?」
「ごめんね。これ」
慎一からの手紙を見せる瞳に、雪乃は怒りを顔に現します。瞳は無実であると確信しました。


刑事訴訟法479条
死刑囚が心神喪失状態にある場合には、刑の執行が停止される。

「そのピンクの紙、どこまでもっていくつもり?」
足が止まり不安そうな顔をした雪乃は、佐渡山瞳の方を向く。呼吸が乱れる。
「あなたの左の手にあるものよ。何を隠したまま逝こうとしているの? あなたが死ねばそれでいいの? 私はずっと不満だった。あなたに言いたかったことがある」

雪乃は両手で耳をふさぎ、首を振るとしゃがみこみます。瞳も膝をつき、雪乃の右腕をつかむと、その手を耳から離します。

「傲慢よ。あなたを必要としている人が確かにいるのに、それでも死に抗おうとしないのは傲慢だ」
倒れて、倒れて、倒れて、倒れて……。瞳は「生きて」と願います。
雪乃の呼吸はさらに荒くなり、額には汗がにじんでいます。瞳はあと少しで雪乃が失神すると確信しました。

しかし「ねぇ、田中さん」ととどめを刺そうとした時、瞳は周りの刑務官に口を押さえられ、羽交い締めにされます。
雪乃の顔に一瞬安堵の色が差します。瞳は押さえられた口で懸命に叫びますが、どうすることもできません。

あわてて体を起こそうとした刑務官を、雪乃は触らないでと手で制すると、四つん這いのまま呼吸を整えます。それが数分続いた後うなるような声を上げて、雪乃は上体を起こし微笑みました。

「申し訳ありません。もう大丈夫です」
そう透き通った声で言い、天井に目を向ける。その後、瞳にふりかえります。

「もう恐いんですよ。佐渡山さん」

「もし本当に私を必要としてくれる人がいるんだとしたら、もうその人に見捨てられるのが恐いんです」
幸乃は微笑みながら、ゆっくりと瞳から視線をそらします。

「それは何年もここで堪え忍ぶことより、死ぬことよりずっと恐いことなんです」
そう話す雪乃は、驚くほどキレイだった。

刑務官に導かれ、幸乃は執行室へ。は約1メートル四方、赤い枠で縁取られた踏み板の上です。
そこで足を固く縛られた時、彼女は胸を張りました。また笑みをこぼしそうになるのを一生懸命こらえているようでもありました。
ロープが細い首に巻かれると、幸乃ははじめて白い歯を見せ、やっとここに辿り着けたと、ついにこの時を迎えたのだと、透き通った笑みを浮かべるのでした。

エピローグのエピローグ

佐渡山瞳には刑務官を辞める理由が2つできました。1つは新たな就職と結婚。もう1つが、
「私、ある人にあることを伝えなくちゃいけなくてさ。……でも、それは刑務官のままではできなくて」
慎一に雪乃の最後を伝えることです。

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【著者】早見和真

横浜市出身。大学在学中からライターとして雑誌『AERA』の「現代の肖像」や、『Sportiva』『SPA!』などで活動する。2008年、自らの経験を基に書き上げた名門高校野球部の補欠部員を主人公とした『ひゃくはち』にて小説家デビュー。

2015年『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞、第28回山本周五郎賞候補。他の代表作に映画化された「ぼくたちの家族」「ポンチョに夜明けの風はらませて」など。

竹内結子『イノセント・デイズ』を見られるのがDVDだけです。2022.8.3現在、動画配信はされていません。