
夏の山中で、六人の美少年の芸術的な遺体が発見されます。
ほどなくして警察に自首してきたのは、有名大学の教授であり、日本における蝶研究の第一人者・榊史朗でした。
幼いころから蝶の標本作りに親しみ、「美を永遠に留める」という考えに強く惹かれてきた榊。その思いは次第にかたちを変え、やがて取り返しのつかない領域へと踏み込んでいきます。
『人間標本』は、芸術と狂気、愛情と支配が静かに交差していくサスペンスです。
刺激的な設定でありながら、出来事そのものよりも、人の心のあり方に目を向けた作品となっています。
※本記事は2026年1月13日での情報です。最新情報は、公式サイトをご確認ください。
Contents
なぜ、榊史朗は自供したのか?
多くの犯罪ドラマでは、犯人は罪を隠しながら追い詰められていきます。
しかし本作の榊史朗は、事件が明るみに出たあと、自ら警察に出頭します。この行動は、物語の早い段階から大きな違和感として提示されます。
取調室での榊の態度も、どこか落ち着いています。
彼は取調官に向かって「あなたは何もわかっていない」と口にしますが、それは感情的な反発というよりも、自分の考えが正しく受け取られていないことへの苛立ちに近いものです。
榊にとって自供は、罪を認めるというよりも、自分が何を考えていたのかを示す場でした。
社会的に許されない行為であることは理解していても、その動機までを単純に片づけられることには耐えられなかったのです。
科学者としての論理と、美を追い求める感覚。
その二つが重なり合った結果、彼は自分の行為を「間違い」としてではなく、ひとつの到達点として捉えていたようにも見えます。
だからこそ榊は逃げず、自分の考えを語る道を選びました。
なぜ、至はレポートを父に読ませたのか?
物語の中盤で印象に残るのが、息子・至によるレポート『人間標本』です。
息子は、父の研究や価値観を否定するよりも、理解しようとしてきた人物でした。
蝶の標本に向き合う父の姿を見て育ってきたからこそ、感情的な言葉ではなく、冷静なレポートとして書かれています。
題名の『人間標本』も、父の考えをそのまま人間に重ねてみた結果だと受け取れます。
父ならば、その意味と隠れた決意に気づいてくれるはずだという、ある種の信頼がそこにはありました。
これは親子の断絶ではなく、考えを受け止め合おうとする関係です。だからこそ息子は、このレポートを父に読ませ、自分の決意を父に促したのです。
なぜ、留美の娘・杏奈は榊史朗に面会したのか?
杏奈は、面会の場で強い主張をするわけではありません。母の死を伝えると、すぐに帰ろうとします。
この控えめな態度が、この場面を分かりにくくしている要因でもあります。
しかしその直後、史朗は、杏奈が面会のために送ってきた、至が描いた杏奈の肖像画のポストカードを取り出します。
史朗がこのポストカードについて問いかけたことで、場の空気が少しずつ変わっていきます。
杏奈はその場に立ち止まり、それからゆっくりと面会席に戻ってきます。
ここで、「擬態」という考え方が語られます。
無毒の蝶が有毒の蝶に姿を似せることで身を守るという仕組み「擬態」は、生物学的な説明であると同時に、人の振る舞いを考える手がかりにもなっています。
誰かのあり方になぞらえることで、誰かを守ってきた人物たちの姿が重なり、この事件の核心が浮かび上がるのです。
※本記事は2026年1月13日での情報です。最新情報は、公式サイトをご確認ください。
なぜ、留美は計画したのか?
物語の発端となるのが、留美によるひとつの計画です。
彼女は五人の若い美術家を集め、その中から後継者を選ぶという構想を立てます。
そこに榊史朗の息子も参加しますが、彼は候補者ではなく、選考を見届ける立場として招かれています。
当初、集められた五人は、才能に恵まれ、誠実そうに見える若者たちとして描かれます。
しかし物語が進むにつれ、五人それぞれが抱えている事情——薬に依存していることや、死にたいという願望といった資質が、少しずつ浮かび上がってきます。
また、その背景には、子供のころの史朗からもらった一枚の絵、いや「標本」と呼ぶべきものがあったのです。
「完成した標本(実物)を榊四郎に見せること」
表向きには計画が途切れたように見える時期があっても、その内側にある留美の意志は消えていません。
留美が死んだ後、その思いは娘の杏奈へと引き継がれていきます。
それは望まれた形ではなかったかもしれませんが、この出来事をきっかけに、杏奈はギフトを得て飛翔し始めます。
果たして、『人間標本』の、最後の犯人はだれっだったのか?
最後に、榊史朗は何を思う?
杏奈との面会のあと、後ろ姿からは、榊史朗は静かに自分自身と向き合っているように見えます。
しかし、ふとした瞬間に息子の存在がよみがえり、「至、至!」と名前を叫んで身を崩します。駆け寄る刑務官の姿が映し出され、その場面は終わります。
それが後悔なのか、それ以外の感情なのかは、ドラマの中では明言されません。ただ、その振る舞いからは、強い悔恨を感じ取ることもできるでしょう。
『人間標本』主要キャスト
榊史朗(演:西島秀俊)
蝶研究の第一人者として知られる、有名大学の教授。息子を含む六人の少年を「人間標本」にしたとして、自ら警察に出頭する。
榊 至(演:市川染五郎)
史朗の息子。山中で変わり果てた姿で発見される。父と二人で暮らしており、多忙な史朗に代わって日々の食事を用意していた。
一之瀬 留美(演:宮沢りえ)
史朗の幼なじみで、著名な画家。「色彩の魔術師」と称され、史朗が研究する蝶と同じく、四原色の色覚を持つギフテッドとされている。ある理由から、史朗とその息子・至を含む六人の少年を山小屋に集める。
一之瀬 杏奈(演:伊東蒼)
留美の娘。天才画家を母に持ち、内に秘めた思いを抱えながら日々を過ごしている。
>>『人間標本』のモチーフとなった四原色の目を持つ蝶の秘密?
原作者・湊かなえのコメントと原作について
『人間標本』について、原作者の湊かなえさんは、人間の内面を描くことを強く意識していたと語っています。
「これは猟奇的な事件を書くための物語ではありません。
人が"美しいものを残したい"と願ったとき、その思いがどこまで歪んでしまうのかを書きたかったのです。」
蝶の標本というモチーフも、愛情や執着のあり方を考えるためのものとして用いられています。
映像化については、言葉では表しきれなかった沈黙や視線が映像として立ち上がった点に、新鮮さを感じたとも述べています。
「原作と映像は、同じ物語でも"立つ位置"が違います。それぞれにしか見えない景色があると思っています。」
原作と映像の違いを意識しながら観ることで、この物語はより立体的に感じられるでしょう。
静かな森の中の6つの人間標本の美しさ!言葉では伝えきれないかもしれません。
まとめ:『人間標本』レビュー
『人間標本』は、事件の衝撃よりも、人が何を守ろうとし、どこで踏み外してしまうのかを静かに描いた作品です。
登場人物たちは、それぞれの立場で誰かのあり方をなぞりながら生きています。
その積み重ねが、取り返しのつかない選択へとつながっていきます。
「留美=美を永遠に留める」という名前は、留美本人や榊史朗が追い求めてきた考え方と重なり、この物語全体を象徴しています。
※本記事は2026年1月13日での情報です。最新情報は、公式サイトをご確認ください。



