川村元気『百花』

川村元気『百花』原作 読んでみた

    『百花』はアルツハイマーがテーマではなく女の性がテーマ?

    原作を読んでみると、ある一点を除いては淡々としたストーリーでした。その一点ですが、よくある話といえばよくある話で、泉の母・百合子の不倫です。

    泉の母・百合子は日記に書いています。(「なぎさホーム」に百合子を入れた後、母の家で日記を見つけます)

    あの子のために生きると決めた時から、時間もお金も、心もすべて自分のものではなくなった。それでいいと思っていた。でも浅葉さんといる時だけは、自分のために生きてもいいのかもしれない。この人といる時だけは。

    これって、女の性(さが)を言い訳にして、不倫に走った、ということでしょうか? そして、中学年の泉をひとり残して、出張先神戸の浅葉のマンションで一緒に暮らします。浅葉には、妻も子供もいます。

    一年ほど経ったある日、地震がおきます。百合子は浅葉の大学に向かい門の前まできた時、「いずみ……いずみ……泉!」と叫んだ後、何事もなかったかように泉のところに帰ってきました。

    その日の朝、台所に立っていた百合子。泉は味噌汁の香りで目を覚ます。週2回きていた祖母も安堵します。泉は嬉しさも憤りも感じず、ただあっけにとられて「おはよう」というだけでした。そして、

    映画の編集のように一年間をカットして繋げば、継ぎ目なく同じシーンにして見ることができる。泉と百合子は、その編集を受け入れた。あの一年間はなかったものとして生きていくことを暗黙のうちに決めた。
    ふたりがそのことを話すことはなかった。

    その後遺症として、その時とそれ以来、泉と由利子は味噌汁を食べなくなりました。

    このことが伏線として、日記が見つかる前に傍点つきで「あの時」「あの頃」「味噌汁」「消えたことになっていた(これは伏線ではない?)」として出ていました。

    また、理由は分からなくても、泉は香織に「実は母さん、家にいなかったことがあるんだ。俺が中学生の時、一年くらいね」と話していたことはあったのです。香織も、泉と百合子が味噌汁を食べないことに気付いていました。

    『百花』 その意味は?

    百合子が施設「なぎさホーム」に入ってから、ある日泉は「母さん、近々休みとるから、どっか行こうよ」と提案します。
    「はなび……」とピアノを弾いた後、百合子は呟きます。
    「花火? いいね、花火大会行こうか」
    「はんぶんの花火」
    「半分? なにそれ」

    あとで泉の妻・香織が「半分の花火」と検索して調べると、それは「諏訪湖祭湖上花火大会」が見つかりました。半分の花火が水面に反射して、全円に見えるのです。

    しかし「はんぶんの花火」とは、この諏訪湖の湖上の花火ではありませんでした。

    手放すことにした母の家で、泉に過去が蘇る

    百合子が死んで、家を売ることになりました。家の片付けをする泉はいつしか眠りに落ち、花火の音で目が覚めます……

    百合子が浅葉のところから戻ってきた数ヶ月後のことでした。引っ越した日の夜、何もない軒先でふたり並んでスイカを食べていた時、遠くの空に花火が打ち上がったのです。しかし、目の前にある高い団地に遮られ、花火の上半分しか見られません。

    「きれいな花火……今まで見た中でいちばんきれい」と百合子。
    「半分しか見えないよ」

    「花火ってなんか悲しいよね。終わったら忘れちゅうじゃん。どんな色だったとか、形とか」
    「そうかもね……でも色や形は忘れても、誰と一緒に見て、どんな気持ちになったのかは思い出として残る」
    「うん……忘れないよ」
    「あなたはきっと忘れるわ。みんないろいろなことを忘れていくのよ。だけどそれでいいと私は思う」

    「母さん、ごめん」すっかり忘れていた泉。そして、母が見たかった花火を見せてあげられなかったことに、悔いと悲しみが泉の体を震わせます。

    泉の前に、次々と白、赤、黄色の半円の花火が打ち上がります。まるでふたりで過ごした家で咲いていた〈数百の花〉のように、美しい記憶だけ残し、やがて消えていきます。

    映画『百花』原田美枝子・菅田将暉・長澤まさみ

    1. 原田美枝子
      泉の母親・葛西百合子。アルツハイマー病になる。1994〜1995年に一度失踪
    2. 菅田将暉
      葛西泉。レコード会社勤務。原作の主人公で、彼の目線で『百花』は語られています。
    3. 長澤まさみ
      葛西香織。泉の妻でレコード会社の同僚。妊娠中
    4. 永瀬正敏
      浅葉洋平。妻と子がいます。葛西百合子の不倫相手。
    5. 川村元気
      『百花』の原作者で監督と脚本も

    原田美枝子、菅田将暉、長澤まさみ、永瀬正敏、川村元気。『百花』の主な登場人物と原作・監督・脚本家です。そうそうたるメンバーで、名前を見ただけでワクワク感が止まらないのではないでしょうか。

    原作『百花』は基本、百合子(原田美枝子)と泉(菅田将暉)が主体です。泉の奥さんは長澤まさみで、彼女がどんな立ち回りをするか、とても興味があります。

    映画『百花』は公開中ですが、観にいくかどうかはまだ決めていません。下のコメントを読んでも、けっこう繊細な映画のようで、鈍感な自分にわかるかどうか疑問に思っています。

    『百花』公式サイトから主なキャスト・監督コメンを抜粋

    https://hyakka-movie.toho.co.jp/index.html

    菅田将暉/葛西 泉 役
    今回ご自身で書き、監督する「百花」を初めて読んだ時にびっくりしました。こんなにも小さな、小さな小さな物語。誰もが通る、親子の、家族の、褪せていく記憶の世界。どうしようもない人間の性が溢れていて、原作小説を読みながら気づいたら泣いてました。自分の曖昧な記憶と向き合い、忘れていく人間を自覚し、足掻いていこうと思いました。そして、一生忘れられないテイクが生まれました。原田さんとふたり、ボロボロになりました。

    原田美枝子/葛西百合子 役
    私自身、母の記憶にまつわるドキュメンタリー映画をつくっていたので、この本をすごく面白く読ませていただきました。当たり前だったことが次の瞬間分からなくなる、記憶を失っていく様をリアルにみせていくのは、非常に難しく大変でした。また現在の自分と20歳以上若い過去の自分の両方を演じたりと、いろいろなチャレンジがあり、冒険をさせてもらった現場です。

    長澤まさみ/葛西香織 役
    今回は、監督が撮りたいものが撮れればいいね、という話を菅田さんともするくらい、温かい気持ちにさせてくれる監督でした。
    共演させていただいた菅田さんは、軟体動物みたいに何にでもなれちゃう凄い人だな、と改めて思いました。
    本作は、記憶なのか、現実なのか、幻想なのかわからない描写が沢山あるので、そういうところが、どんな映像になってくるのかが楽しみです。きっと映画館で観るべき映画になるんだろうなと思っています。

    永瀬正敏/浅葉洋平 役
    共演させていただきました、原田美枝子さんは、デビューする前から、尊敬する俳優さんで、今まではここまで深くがっつり心を通わせる役で、ご一緒したことがなかったので、とっても嬉しかったです。
    この作品は、原作も監督が書かれていて、「今の時代にどうしてもこの作品をとりたい」という思いが、深く深く染みこんでいる作品だと思います。

    川村元気 原作・監督・脚本
    「あなたは誰?」
    人間は体ではなく記憶でできている。
    どうしようもない瑣末な記憶ですら、それらは複雑にその人に根ざし、その人を形成している。
    そんな実感から生まれた小説が「百花」でした。

    菅田将暉、原田美枝子の凄まじい姿が映っていることだけは確かです。
    その生き様が、観た人のしまいこんでいた記憶を呼び覚まし、この映画を“自分事”にしてくれるような気がしています。

    おわりに「女と男の違い」

    アルツハイマーの症状は、人によって違うということですから、泉の母のいろいろな行動は、正直そんなもんなのかな、と思うくらいでした。印象に残っているのは、アルツハイマーってどんどん子供っぽくなっていく、ということです。

    また、2018年10月のTBSドラマ『大恋愛〜僕を忘れる君と』の北澤尚(戸田恵梨香)のアルツハイマーのシーンが思い出されました。泉の母・百合子と尚が重なりました。

    泉の母・百合子は、アルツハイマーによりどんどん子供のように純粋になっていきます。あの泉との間にあった空白の一年間が、母ではなく女として選択した恋であったのは想像できました。この恋は、不倫というより、もっと深いところにある女の感情でしょうか。

    男は父としての生き方、男としての生き方が二者択一にはなりません。混じり合ったままで、それだけ不純のように感じてしまいます。それだけ男はずるいし、社会がそうさせてきたのかもしれません。

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